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岡山地方裁判所 昭和34年(行)4号 判決

原告 日下正一

被告 岡山県人事委員会

主文

原告がその請求にかかる不利益処分の審査についてなした被告に対する忌避申立および審理停止申立を却下した被告の各処分ならびに被告が右審査につき昭和三四年一月七日の第一〇回口頭審理期日において原告に対してなした、不利益処分の違法性および不当性についてはその存在につき審査請求者である原告においてその主張・立証責任を負うべきであるとの決定の各取消を求める原告の訴はいずれもこれを却下する。

被告が原告に対し昭和三一年四月二〇日付文書をもつてなした、原告請求にかかる不利益処分の審査につき昭和三〇年度に要した費用中金二六五円を被告に送金納付せよとの通告処分は無効であることを確認する。

訴訟費用はこれを七分し、その六を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実

第一、申立

一、原告

「(一)、被告が原告請求にかかる不利益処分の審査につき原告に対してなした左の忌避申立却下処分はいずれもこれを取消す。

(イ)  原告が昭和三四年一月一一日付でなした人事委員岡崎耕三に対する忌避の申立を同年二月二四日付で同月二六日に却下した処分

(ロ)  原告が昭和三四年九月一日付でなした人事委員日下孝二・同岡崎耕三・同山田忠・書記藤代郁志に対する各忌避の申立をいずれも同月三日付で同月六日に却下した処分

(二)、被告が右審査につき原告に対してなした左の審理停止申立却下処分はいずれもこれを取消す。

(イ)  原告が昭和三四年一月一一日付でなした人事委員岡崎耕三に対する忌避の申立に伴つて同日付でなした審理停止の申立を同年二月二四日付で同月二六日に却下した処分

(ロ)  原告が昭和三四年九月一日付でなした人事委員日下孝二・同岡崎耕三・同山田忠・書記藤代郁志に対する各忌避の申立に伴つて同日付でなした審理停止の申立を同月三日付で同月六日に却下した処分

(ハ)  原告が昭和三四年一〇月一日付でなした事務職員平井達海・同久山貞志に対する忌避の申立に伴つて同日付でなした審理停止の申立を同月一五日付で同月二〇日に却下した処分

(三)、被告が右審査につき昭和三四年一月七日の第一〇回口頭審理期日においてなした、不利益処分の違法性および不当性の存在についての主張・立証責任は審査請求者である原告がこれを負担すべきであるとの決定はこれを取消す。

(四)、被告が右審査につき原告に対し昭和三四年四月二〇日付で同月二三日になした、昭和三〇年度に要した不利益処分の審査費用中金二六五円を原告の負担とする旨の通告処分は無効であることを確認する。

(五)、訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決を求める。

二、被告

本案前の申立

「本件訴はいずれもこれを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決を求める。

第二、主張

一、原告の請求原因

(一)  原告は昭和二二年五月三日から岡山県事務吏員として勤務していたが、退職を願い出たことも退職願を提出したこともないのに、同二七年三月三一日および同年四月二二日付で岡山県知事から依願免職の処分をうけたので、地方公務員法(昭和二五年法律二六一号)四九条にもとずき同二八年一月一八日付で、同法七条一項にもとずいて設置された被告人事委員会に対し不利益処分の審査を請求したところ、右請求は同年二月四日付で受理されて目下被告人事委員会に審査手続が係属中である。

(二)、ところで、訴外岡山県人事委員長日下孝二・委員岡崎耕三・同山田忠・同委員会事務職員平井達海・同久山貞志・同委員会書記藤代郁志はいずれも前記不利益処分の処分者である岡山県知事から任命されてそれぞれその地位にあつたものであるが、原告請求の審査にあたつては処分者から任命されたというその立場上審査請求者である原告に対し予断偏見を抱き執拗に不公正偏頗な審理を継行しようとし、就中人事委員長日下孝二・委員岡崎耕三は昭和三四年一月七日の第一〇回口頭審理期日において、処分者またはその代理人のなすべき弁論を数回にわたつてなし、また人事委員岡崎耕三・同山田忠・書記藤代郁志はそれぞれ、原告が右審査に関し岡山県人事委員会を被告として提起した岡山地方裁判所昭和三二年(行)第七号行政処分無効確認請求事件に被告代理人として関与し、昭和三四年七月二〇日の第五回準備手続期日において、原告が本件審査請求において処分者岡山県知事は原告を昭和二七年三月三一日付と同年四月二二日付との二回にわたつて依願免職したと主張しているにもかかわらずこれを無視し、依願免職をなしたのは同年四月二〇日付であるとして処分者の主張と同一の陳述をなし、もつていずれも公正な審理を妨げるような言動をなした。

(被告の原告に対する行政処分の存在)

(三)、そこで、原告は右の各事実を理由として被告人事委員会に対し、

(1)、昭和三四年一月一一日付文書をもつて人事委員岡崎耕三の忌避を申立てたところ、被告は同年二月二四日付文書をもつて同月二六日「地方公務員法にもとずき定めた不利益処分に関する審査に関する規則(昭和二六年人事委員会規則六号)に委員の忌避の申立を許した規定がなく、また当該忌避の申立は地方公務員法上不存在である。」として右申立を却下して原告にその申立書を返戻し、

(2)、同年九月一日付文書をもつて人事委員長日下孝二・委員岡崎耕三・同山田忠・書記藤代郁志の各忌避を申立てたところ、被告は同月三日付文書をもつて同月六日「法令上これを許容した規定がなく、受理する理由はない。」として右申立を却下して原告にその申立書を返戻した。

(四)、また原告は被告人事委員会に対し

(1)、前項(1)の人事委員岡崎耕三に対する忌避の申立に伴い、昭和三四年一月一一日付文書をもつて審理の停止を申立てたところ、被告は同年二月二四日付文書をもつて同月二六日「審理停止理由としての人事委員会委員岡崎耕三に対する忌避の申立は受理できないものとして返戻しているので本件審理については続行することに決定した。」として右申立を却下して原告にその申立書を返戻し、

(2)、前項(2)の人事委員長日下孝二・委員岡崎耕三・同山田忠・書記藤代郁志に対する忌避の申立に伴い、同年九月一日付文書をもつて審理の停止を申立てたところ、被告は同月三日付文書をもつて同月六日「申立の理由によつて審理を停止する理由はないので続行することに決定した。」として右申立を却下して原告にその申立書を返戻し、

(3)、原告が同年一〇月一日付文書をもつてなした被告人事委員会事務職員平井達海・同久山貞志に対する忌避の申立に伴い同日付文書をもつて審理の停止を申立てたところ、被告は右忌避の申立については何らの決定をもしないまま同月一五日付文書をもつて同月二〇日「審理を停止する必要はないと認められ予定どおり続行することにした。」として右審理停止の申立を却下して原告にその申立書を返戻した。

(五)、被告人事委員会は昭和三四年一月七日の第一〇回口頭審理期日において、原告が審査請求にかかる免職処分の違法性および不当性の不存在についての主張・立証責任は処分者である岡山県知事にあることの決定を求めたのに対し、不利益処分の審査は審査請求者の請求によつて開始されるものであるからとの理由で、処分の違法性および不当性の存在については審査請求者である原告にその主張・立証責任がある旨決定した。

(六)、被告人事委員会は原告に対し昭和三一年四月二〇日付文書をもつて同月二三日不利益処分に関する審理に関する規則一九条にもとずき原告請求にかかる不利益処分の審査において昭和三〇年度中に要した経費のうち証拠書類等提出のために要した金二六五円を原告に負担させる旨決定して被告人事委員会に直接送金して納付するよう通告した。

(被告の原告に対する行政処分の違法性)

(七)、ところで、日本国憲法二八条は勤労者の団結する権利および団体交渉その他の団体行動をする権利を保障しているところ、地方公務員法は憲法の保障する右の権利を剥奪するものであるから無効であり、したがつてこれにもとずいて制定された不利益処分に関する審査に関する規則(昭和二六年岡山県人事委員会規則第六号)もまた無効というべきところ、被告の原告に対する前記(三)ないし(六)の各行政処分はいずれも右地方公務員法および人事委員会規則を適用してなされた違法があるから取消されるべきである。

右主張に理由がないとしても、被告人事委員会は地方公務員法五〇条によつて、職員から不利益処分の審査請求があつたときはただちにその事案について審査を行い、その処分を承認し、修正し、または取消し、必要がある場合には任命権者にその職員の受けるべきであつた給与その他の給付を回復するため必要でかつ適切な措置をさせるなど、その職員がその処分によつてうけた不当な取扱を是正するための指示をしなければならない義務を負うものであり、この救済をうけうる職員の権能は憲法の保障するところであるから、前記各行政処分はかかる法律的価値判断を基準として条理にしたがつて一義的に抽出しうるいわゆるき束処分であるというべきところ、被告がこれを自由裁量処分としてなしたのは右の根本基準に違背して違法であり、かりにき束処分ではないとしても、右各処分は自由裁量の範囲を逸脱するか自由裁量権を濫用した違法があるからいずれにしても取消されるべきである。

(八)、人事委員会における不利益処分の審査手続については特別の定がないかぎり民事訴訟法の規定を類推適用すべきであるから、審査をなす人事委員およびその事務を掌理する職員に審査の公正を妨ぐべき事情があるときは審査請求者は同法三七条に準じてこれを忌避することができるものと解すべきところ、審査請求者に忌避申立権を認めた規定が存しないとして原告の前記(三)の忌避申立を却下した被告の処分は右法条に違背して違法であり、また被告人事委員会規則に忌避申立の受理およびその審査に関して何らの規定も存しないというのであれば、前記人事委員会規則六号(不利益処分に関する審査に関する規則)二〇条によつてその受理・審査に関し必要な事項は被告人事委員会においてこれを定めなければならない責務があるのにこの責務を懈怠して何らの規定をも設けず、慢然恣意をもつてなした右却下処分は同規則二〇条に違背して違法であり、いずれにしても取消されるべきである。

ところで人事委員会は不利益処分の審査請求を受理した場合には処分そのものについての審査はもちろんのこと、審査手続の過程で派生する附随的事項に関する申立についてもこれを審査する義務を有するというべきであるから、被告は原告の審査請求を受理して審査をする以上その審査手続上において派生した忌避申立についても当然審査しなければならないのに、何らの審査をすることもなく原告の忌避申立を却下した被告の処分は地方公務員法五〇条一項に違背するから取消されるべきである。

(九)、人事委員会における不利益処分の審査において忌避の申立がなされた場合には民事訴訟法四二条の規定に準じて審査手続は当然に停止されるものと解すべきであるから、法令上何らの根拠もなく前記(四)の各審理停止の申立を却下した被告の処分は右法条に違背し、また右各審理停止申立却下処分は前項に述べたと同様の理由で被告人事委員会の不利益処分に関する審査に関する規則二〇条および地方公務員法五〇条一項に違背し、さらに前記(四)の(3)の審理停止申立却下処分については、審理の停止は忌避申立の効果として当然生ずるものであるから、審理停止申立についての決定はこれに先行する忌避申立について決定した後になされなければならないのに、事務職員平井達海・同久山貞志に対する忌避申立については何ら決定することなくこれに伴う審理停止の申立を却下したのみならず、右却下処分には単に審理を停止する必要がないというだけでその理由については全く明らかにされていないから、いずれにしても右各審理停止申立却下処分は違法であつて取消されるべきである。

(一〇)、不利益処分の審査手続においては、処分者が処分の違法性および不当性の不存在についてその主張・立証責任を負うべきものであるのに、審査請求者である原告にこれを負わせた前記(五)の決定は地方公務員法二七条一項・四一条に違反し、かつ職員の争議権および団体交渉権を奪つた代償として設けられた人事委員会の公平機能ならびに職員の福祉および利益の保護の適正公平を期するという根本基準に違背するから取消されるべきである。

(一一)、ところで、被告人事委員会にはその経費について収入および支出を決定する権限も現金を出納する権限もないのであるから、前記(六)の原告に対し審査費用として金二六五円を直接納付すべきことを命じた被告の決定は地方自治法(昭和二二年法律六七号)一八〇条の六(昭和三八年法律九九号による改正以前のもの)三号に違反するから、同法二条一四項・一五項(昭和二三年法律一七九号によるもの)にてらして無効というべく、また証拠書類等の提出のために要した費用は不利益処分に関する審査に関する規則一九条により請求者に負担させるべきものではないのにこれを請求者である原告に負担させた被告の右決定は同規則一九条に違背して無効である。

二、被告の本案前の申立の理由

(一)、請求原因(一)の事実中、原告が昭和二七年三月三一日付をもつて岡山県知事から依願免職処分をうけたとの点および同知事に対し退職を願い出たことも退職願を提出したこともないとの点を除くその余の事実および同(三)ないし(六)の各事実はいずれもこれを認める。

(二)、しかしながら、原告の申立中、(一)の(イ)および(四)を除くその余の各申立はいずれも原告の昭和三四年一一月一日付訴状訂正申立書にもとずいてなされたものであるところ、これより先すでに右(一)の(イ)および(四)の申立が記載された原告の訴状は被告に送達され、被告はこれに対して同年八月一九日付答弁書を提出して右訴状による申立につき利害関係を有するにいたつているから、訴状送達前と同一の形式をもつて訴状の訂正補充を行うことは許されないというべく、かりに許されるとしても右訴状訂正申立書による(一)の(イ)および(四)を除くその余の申立は右(一)の(イ)および(四)の申立に新たな申立を追加して訴を変更するものというべきところ、右(一)の(イ)および(四)の申立にかかる各処分と追加申立にかかる各処分とはいずれも全然別個のものであつて、その請求の基礎を同一にするとは解しがたいから右訴の変更は許されないものというべく、原告の訴状訂正申立書による各申立はいずれも不適法として却下されるべきである。

(三)、かりに右訴の変更が許されるとしても、原告の申立にかかる各処分はいずれも行政訴訟の対象となる行政処分ではないから、原告の本件訴はいずれも不適法として却下されるべきである。すなわち

(1)、原告主張の忌避申立については法令上これを許容した規定がないので申立書を原告に返戻したものであるが、原告には法令によつて認められた忌避申立権なるものはないのであるから、申立書を返戻しても原告の権利を毀損したことにはならず、したがつてこれをもつて行政訴訟の対象となる行政処分というのは失当である。

(2)、同じく審理停止の申立については、不利益処分の審査手続の遂行運用は法律上抵触しない範囲内で人事委員会自ら規則を制定しこれを解釈運用しうるものであり、他のいかなる機関からも何ら制約をうけることがないとされているところ、被告人事委員会の制定した規則には審理停止の申立を許容する規定を設けていないから、原告には法令によつて保障された審理停止申立権なるものはなく、したがつて原告の審理停止の申立書を返戻しても原告の権利を侵害または毀損したことにはならないから、行政訴訟の対象となる行政処分であるとしてこれが救済を求める原告の訴は不適法である。

(3)、原告主張の請求原因(五)の決定は不利益処分審査手続の一環としてなされたものであるところ、審査手続において裁決または決定にいたるまでの審査の過程でなされる諸行為は行政行為を成立させるまでの手続にすぎず、これをもつて独立の行政処分となすのは失当であつて、手続の遂行上違法があればこれによつて導き出された裁決または決定に違法があつたものとして裁判所の救済を求める途があるのであるから、審査段階での手続の当否をとりあげてその取消を求めるのは無意味である。

(4)、同じく(六)の費用負担決定については、被告人事委員会は収入および支出を命ずる権限を有せず、原告がその負担と決定されたとする経費のごときも権限を有する岡山県知事から納入書が送達されたときはじめて納付義務が発生し行政処分がなされたものと解すべきであり、たとえ被告人事委員会において該経費を原告において負担すべきものと決定しても、これによつて直ちに原告に対して納付義務を課したことにはならないのであるから、本訴をもつて裁判所に対し救済を求める利益がないのみならず、被告が原告に対してなした費用負担の決定通知は原告が負担すべき経費を便宜計算して好意的になした事実行為にすぎず、法令にもとずく処分でも決定でもないから、行政訴訟の対象となる行政処分ではない。

三、本件各処分が行政訴訟の対象となる行政処分ではないとの被告の主張に対する原告の反ばく

原告が被告人事委員会に対して不利益処分の審査請求権を有することはいうまでもなく、しかして不利益処分の審査請求者は審査手続の当事者として、審査の結果とられるべき措置の正当なことについてはもちろんのこと、その審査手続が適法公正になされることについて重大な利害関係を有し、審査手続に違法または不公正な点があれば審査手続内においてこれが是正を求め、あるいはすすんで審査の結果とられた措置につき司法裁判所に救済を求めるにあたり審査手続におけるかしを指摘して審査の取消または変更を求めることができるものであつて、かかる権利ないし利益は地方公務員法によつて認められているところであるから、これを制限ないし侵害する被告の本件各処分は行政訴訟の対象となる行政処分であるというに妨げない。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

第一、被告の本案前の申立について

(一)、被告は訴状送達後における訴状の訂正補充は許されないと主張するので考えるのに、原告の申立のうち(一)の(イ)および(四)の申立を記載した昭和三四年七月五日付訴状が同月六日当裁判所に提出され、右訴状の副本が同年八月一三日被告に対して送達されたが、その後同年一一月一二日原告から、同月一日付訴状訂正申立書が提出されて、右(一)の(イ)および(四)の申立を除くその余の申立がなされたことは記録上明らかであるところ、右訴状訂正申立書はその表題の当否はともかくとしてその実質は訴の追加的変更の申立書であることはその記載内容から明白である。しかして訴の変更は訴状送達前においては訴状の訂正補充の形式で自由にこれをなしうるが、訴状送達によつて訴訟係属が生じた後においては法定の要件の充足する場合にのみ許されるものと解すべきところ、被告は訴状による前記(一)の(イ)および(四)の申立と右訴状訂正申立書によるその余の申立とはその請求の基礎を異にするから右訴の変更は許されないと主張するが、右各申立の請求原因事実はいずれも原告の請求にかかる不利益処分の審査の過程において発生した審査手続上の紛争であつて、同一の利益紛争関係に属するといいうべく、したがつて右訴状訂正申立書による追加変更にかかる各申立はいずれも訴状による各申立と関連し、その請求の基礎を同一にするといえるから、右訴の変更は許されるというべきであつて、この点に関する被告の主張は採用しない。

(二)、そこで、次に、原告主張の各処分が行政訴訟の対象となる行政処分であるかどうかについて判断するのに、行政庁の処分の取消または変更を求める訴訟が認められているのは、公権力の主体たる国または地方公共団体がその行為によつて国民の権利義務を形成し、あるいはその範囲を確定することが認められている場合に、具体的行為によつて権利を侵害された者のためにその違法を主張させて司法上救済するに値するものに限ると解すべきである。しかして、原告が昭和二二年五月三日から岡山県事務吏員として勤務していて同二七年四月二二日付で岡山県知事から依願免職処分をうけたこと、これについて原告が同二八年一月一八日付で被告人事委員会に対して不利益処分の審査を請求し、右審査は同年二月四日受理され目下同人事委員会に審査係属中であること右審査について原告がその主張の忌避および審理停止の申立をしたところ、被告が原告主張の理由を付した文書をもつて右各申立を却下してその申立書を原告に返戻したこと、右審査につき被告が原告主張のような主張・立証責任についての決定をしたことならびに原告に対しその主張のような審査費用の負担の決定をして通告したことはいずれも当事者間に争いがない。

(1)、忌避申立却下処分について

地方公務員法(昭和二二年法律二六一号)七条一項にもとずき制定された岡山県人事委員会設置条例(昭和二六年六月一一日岡山県条例三四号)によつて設置された被告岡山県人事委員会は、同法八条一項一〇号により職員に対する不利益な処分を審査し、必要な措置をとることをその処理する事務の一つとする行政庁であつて、不利益処分の審査については同法五一条によりその請求および審査の手続ならびに審査の結果とるべき措置に関し必要な事項は人事委員会規則で定めなければならないとされているところ、これにもといずて制定された「不利益処分に関する審査に関する規則」(昭和二六年岡山県人事委員会規則六号、同三八年三月一日同委員会規則二号によつて全部改正される以前のもの)には、人事委員(長)および人事委員会書記ないし事務職員に対する忌避については何ら規定がなく、他にこれについて規定した規則もない。

しかして、不利益処分の審査手続に関する人事委員会の規則に忌避の申立についての明文の規定のない場合に、審査請求者が右手続に関与する人事委員または書記について忌避申立権を有するかどうか、従つてまた、忌避の申立を却下する処分によつて審査請求者がその法律上の権利を侵害されることになるかどうかは問題であろうが、ここでは先ず、右審査手続において忌避申立を却下する処分に対し独立して訴を提起することができるかどうかの点について検討してみよう。

人事委員会は、不利益処分の審査にあたつては、独立した機関としてこれに当り、その手続上の必要な事項は、自ら定めることのできる権限を有するいわゆる準司法的機能をもつ行政機関であつて、その審査手続は適正かつ公正に行うべきことは当然なことである(それ故法は右手続を規則で定めることを要求している(地方公務員法五一条)のである)。ところで、右審査手続は、不利益処分が適法であるかまた相当であるかという人事委員会の結論に到達する過程として評価すべきものであるから、手続上生じた紛争は当該手続を主宰する人事委員会の裁定に従つて処理すべき問題であつて、その手続における人事委員会の個々の行為が行政処分であるとして、独立して抗告訴訟の対象となると考えることは相当でない。けだし、手続上の個々の処分についてまで出訴を認めることになると、人事委員会の手続は、出訴により審理を停止すれば遅延し、審理を続行すれば不安定となり、かつまた審理手続は事実上裁判所の監督下に置かれる結果となつて、不利益処分を受けた地方公務員の救済を迅速かつ公正にするため人事委員会という独立機関を設けた法の趣旨は没却してしまうからである。

そして以上の結論は、人事委員会の審理手続の派生手続である人事委員等に対する忌避申立却下の処分に対しても、同一であり、右却下処分が申立人に申立権がないとの理由でされた場合にも変わるものではない(民事訴訟において、手続上の紛争については当該手続内で解決し、それ自体については上訴を許さない原則をとりながら、忌避申立却下決定については、例外として即時抗告を認めているけれども、これは同一系列に上級・下級の裁判所が存在するためであつて、独立機関である人事委員会における手続に類推する余地はない)。

しかして、審査請求者は、審査の結論についてはもちろんのことその手続が適正かつ公正に行われることに利害関係を有することは、もちろんであるが、その審査手続上のかしについて手続内において委員会の注意を促すことができるのみならず、そのかしが委員会の結論に影響を及ぼすものであれば、これを理由に当該結論に対し出訴し救済を受けることができると解することができるから、前記のような考え方をとつても、請求者の権利を害することにはならない。

このようなわけで、被告のした忌避申立却下各処分は、行政訴訟の対象となるべき行政処分と解することができない。

(2)、審理停止申立却下処分について

人事委員会の不利益処分の審査手続上においてなされる同委員会の個々の行為は、抗告訴訟の対象となる行政処分に該らないことは、(1)において説示したとおりであつて、人事委員会が請求者よりされた委員・書記および事務職員に対する忌避の申立に伴う審理手続停止の申立を却下したとしても、右却下処分に対し行政訴訟を提起できると解する余地はない。

(3)、主張・立証責任に関する決定について

不利益処分の審査については被告人事委員会において法令の定めるところにしたがつて自主的にその手続を運用遂行すべきものであることは前記説示のとおりであつて、審査請求にかかる処分の違法性および不当性の存否につきいずれにその主張・立証をなさしめるかについては被告人事委員会の前記不利益処分に関する規則その他にも何ら規定がないから、その分配ないし順序・方法等については人事委員会がその責任において任意に判断決定して運用すればこと足りるものというべく、ただその判断を誤つた場合には審査の結果とられた措置にかしがあるものとして司法審査に服することがありうるというにすぎず、審査を請求した当事者から審査手続上処分の違法性および不当性の不存在についてその主張・立証責任が処分者にあること、あるいはこれが存在についての主張・立証責任が請求者にないことの決定を求めうると解すべき何らの根拠も存しない。原告が処分の違法性および不当性の不存在について処分者である岡山県知事にその主張・立証責任があることの決定を求めたといい、これに対して被告がその存在について審査請求者である原告に主張・立証責任がある旨決定したといつても、口頭審理のある段階において原告がさような意見を述べたのに対して被告人事委員会としてはこれに反対の意向を示したというにすぎないものというべきであつて、これによつて原告はその権利ないし利益に対し直接具体的に影響をうけるところはいささかもないから、被告の右意思表示をもつて独立した行政処分となすべきでないことはもとより当然である。

(4)、審査費用負担決定について

被告人事委員会の前記不利益処分に関する審査に関する規則一九条には、審査の費用は一ないし三号に掲げるものを除くほかそれぞれ当事者の負担とすると規定されているところ、被告が昭和三一年四月二〇日付文書をもつてなした、原告に対しその負担すべき審査費用として金二六五円の送金納付方を求めた通告行為(甲第一五号証)は、被告人事委員会にかかる行為をなす権限があるかどうかはともかくとして、行政庁たる被告人事委員会が事務局長の名において、右規則一九条の規定にもとずき原告に対し審査費用として金二六五円の負担義務を課すものであるかのような外観はこれを有しているので、この表見的に存在する行政行為の除去を求める無効確認訴訟の対象にはなりうると解すべきであるから、この意味で右通告行為も行政処分であるといつて妨げなく、この点に関する被告の主張は採用の限りでない。また、後記(第二)のように被告にかかる納付命令を発する権限のないことは、被告も自認しているところであるが、被告において前記通告行為の無効宣言または取消をした事跡も認められない以上、原告が右通告行為の無効の確認を求める利益を有することも勿論である。

(三)、そうすると原告の忌避申立および審理停止の申立を却下した被告の各処分ならびに被告のなした主張・立証責任責任に関する決定がそれぞれ抗告訴訟の対象となる行政処分であるとしてその取消を求める訴はその余の主張につき判断するまでもなく不適法として却下を免れがたいが、被告の原告に対する審査費用の負担決定の無効確認を求める原告の訴は適法であるから、この部分についてはすすんで本案の判断をすることとする。

第二、本案について

成立に争いのない甲第一五号証と弁論の全趣旨とによれば、被告人事委員会は昭和三一年四月二〇日付文書をもつて、同委員会事務局長名義で原告に対し、原告請求にかかる不利益処分の審査において昭和三〇年度中に要した経費のうち、不利益処分に関する審査に関する規則一九条にもとずき原告が負担すべき証拠書類等提出のために要した計金二六五円を同月末日までに同事務局にあて送金するよう通告したことが認められ、この認定に反する証拠はない。

ところで、原告は被告の右処分は地方自治法一八〇条の六、三号・一七〇条一項に違背して当然無効であると主張してその確認を求めているのであるから、処分庁である被告人事委員会は然らざる事由につき主張・立証する責任があるというべきであるのにこれをしないのみならず、被告にその権限のないことを自認しているところである。しかして右各法条によれば、人事委員会には収入および支出を命令する権限がなく、人事委員会の事務に関する現金または物品の出納その他の会計事務は出納長および収入役においてこれを掌る旨定められているから、被告の原告に対する右納付通告は権限のない行政庁がなした行政処分として当然無効であるというべく、これが確認を求める原告の請求は理由があるから正当としてこれを認容すべきである。

第三、結論

以上の次第で、原告の本訴各請求のうち、被告のなした忌避申立却下の各処分・審理停止申立却下の各処分および主張・立証に関する決定の各取消を求める訴部分は不適法であるから却下し、審査費用の納付を命じた通告処分が無効であることの確認を求める請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 井関浩 矢代利則 金野俊雄)

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